『めにみえない みみにしたい』作・演出、藤田貴大さんインタビュー

Photo:Sayuki Inoue

演劇団体マームとジプシーを主宰する藤田貴大が初めて取り組んだ、子どもから大人まで一緒に楽しむ演劇作品『めにみえない みみにしたい』。これまでに全国28都市で8,000人を超える観客を動員した人気舞台が、この夏、宇都宮で初上演されます。子どもから大人まで一緒に楽しめるように意識したポイントや演劇の魅力について、作・演出を手がける藤田貴大さんにお話を伺いました。


――子どもも大人も楽しめるように、どのような点を意識されましたか?
そもそもマームとジプシーの作品は、観劇するにあたって「年齢制限」みたいな条件は設けていないので、客席に子どもがいても違和感はないという環境づくりを、設立当初からしていました。
彩の国さいたま芸術劇場から「子どもも楽しめる演劇作品」というオファーをいただいた時も、何かイレギュラーなことが始まるという意識はなくて、それまで考えてきたことの流れの中で、自然に「もっと子どもも楽しめるようにはどうしようか」というふうにシフトしたという感じですね。子どもに馴染みのある言葉を選んで描いてみるとか、時間と空間を言葉で埋め尽くすんじゃなくて、もうちょっと視覚的なことや感覚的なことも含めた余白のある演出にしてみるとか、そういうことを意識しました。
ただ、子どもが劇場に来るということは、同時に大人も一緒に劇場に来るということなので、これまで自分たちがこだわってきた表現のクオリティをどうキープしながら、全ての観客が楽しむことができるか、というのもテーマの1つでした。
マームとジプシーを学生時代から観に来てくれた人たちが親になって、劇場になかなか来れなくなって。でもそうして一度は劇場から遠ざかってしまった人たちが、子どもを連れて、劇場に戻ってきてくれた実感もありました。本作はそういう人たちに向けてどういう言葉を書くか、という仕事でもあったのかなあ、と振り返ったりもしました。
子どもから大人までが楽しめるものをつくるという意識は、子ども向け番組のように「子どもだけが楽しめる演目をつくりました」っていうのではダメなんですよね。作品が子どもにだけ向いていても、それは幼稚なものでしかない、という空気感はマームとジプシーとして違うかな、とも思うし。子どもと一緒に来る大人にも引っかかるようなフックも同時に考えていかなくてはいけない、というか。例えば衣装についても、着ぐるみを着るとか、そういうことだってできたかもしれないけど、そういうふうにビジュアルを考えるのではなくて、普段から一緒に仕事をしているファッションデザイナーのsuzuki takayukiさんと作業しました。音や音楽については原田郁子さんと一緒に考えることができたのも大きかったですね。 子どもはおそらく注目しないかもしれないところも、普段どおり手を尽くしていくと、「所詮、子ども向け」だと思って劇場まで来た大人にも響くものになるかもしれないと期待しています。
「子どもも大人も、劇場まで来た全ての人が楽しめるようにする」というのは、とても難しいことです。僕がかっこいいと思っているデザインを突き詰めていくと、子どもを置いていくかもしれないし、「どの部分を子ども向けにしようか」というような話し合いは、制作と常にしていますね。誰しもが居心地のいい空間をつくるというのは、デザインだけでどうにかなるものでもないんですよね。例えば照明が真っ暗になるだけで怖くて泣いちゃう子がいるから、あまり暗転をしないとか。そういう環境自体のこととか気配りのレベルのことを試されるので、スタッフとはずっと話し合っている気がします。


――子どもと大人で反応の違いを感じることはありますか?
確かに、シーンやセリフによっては大人にしか伝わらないのかなって思う瞬間もあります。でも、例えば“戦争”っていう言葉を聞いたときに、子どもたちは、「なんだかすごく怖いもの」っていうのは肌感覚で理解していると思うんです。最終的には、ここを大人に聞かせたい、ここを子どもに聞かせたいっていうよりも、大人も子どもも関係なく、共通の言葉や時間を生み出したいなと思っています。


Photo:細野晋司 ※2023年の上演より


――この作品は通常の客席ではなく、芝生を敷いて舞台上を客席としていますが、このスタイルに至った経緯をお聞かせください。
僕自身も子どもの頃から演劇をやっているんですが、初めて通常の客席の扉からではなく、舞台袖から劇場・舞台上へ足を踏み入れた時にワクワクしたのを思い出したんです。ステージから通常の客席を見つめる機会って、普段はなかなかないと思うし。確かに通常の客席のほうが照明はつくりやすいし、舞台上を舞台にしてしまうと技術的な準備はより必要にはなりますが、ストーリーとは別に、“演劇”とか”舞台”ってものを体験してもらうリアリティーを表現したくて、このスタイルにしました。
説教くさいことは言いたくないし、言わないようにするんだけど、観に来てくれた子どもたちに期待しているんです。演劇人になってほしいとも思わないのだけど、こういう職業も世の中にはあるんだっていうことをなんとなく知ってほしい。映画館のような守られた客席に座ってもらうのではなくて、むき出しの舞台に座ってもらうことで、”舞台”っていう場所を知ってもらうことも貴重な体験だと思っています。
僕らのできることは良い演目のストーリーテラーをすることだけではなくて、演劇そのものの仕組みを提示することでもあるので、舞台上から客席を見る経験を通して、“演劇”という表現自体に興味を持ってくれたらいいなと思っています。
芝生の上に座った子どもたちを外から見ると、舞台演出の中に子どもたちがいるように見えるし、役者さんにだけでなく、子どもたちにも照明が当たる光景が僕はすごく美しいと思っていて。それは通常の客席ではやれないことだなと思っています。


――2018年の初演以来、2019年・2021年・2023年と上演を重ね、今回5回目の再演となりますが、アップデートしたいと思っているところはありますか?
キャストもこの作品が始まった当初とは変わっているので、前回までのリズムから具体的に今年は今年で変わってくると思うんですけど、あえて前回のバージョンをそのままリハーサルしてみることも重要だと思っています。というのは、例えば“戦争”という言葉にしても、2、3年前と現在とでは言葉のフェーズが全然違っていますよね。演劇というのは、“現在”という時間を無視できない表現なんです。観に来る人たちも演者もみんな“現在”という時間に存在しているので。アップデートする、というよりは過去に書かれた作品が”現在”にダイヤルを合わせて、自然と更新されていくものだと思います。
演劇が再演をする意味というのを、役者さんたちと考えていきたいですね。時代が変わってきたことで言葉の意味が変わる、ということに対峙して。


――今回初めて演劇を観る方に向けて、観てほしいポイント・楽しんでほしいポイントを教えてください。
僕らは今も当たり前のように演劇を扱っているけど、コロナ禍を経て、どんどん演劇っていうものが、特殊なものだったり、珍しがられるものになってきているような気がしています。
実は僕は結構そこに期待もしていて。20代前半の頃は演劇が当たり前に観れたんですよね。なんのハードルもなく。東京にいると四六時中演劇が観れるような環境で、僕がつくっているものなんて何万もある演劇の中の1つなんだなと思っていたけれど、今はその感覚自体が少し変わってきたかなあ、と。演劇を観ること、それ自体が特別なことになってきていて、そういう意味で価値が上がってきているのを感じています。
夏休みに、一日に何回も上映している映画を観に行ったり、市民プールに遊びに行ったりすることも選択できる時間に、劇場に演劇を観に来てくれるって、すごい贅沢なことだなあ、と。演劇はいろんな意味で重いジャンルかと思うんですよね。画面の向こうに俳優がいるんじゃなくて、そこに生身の人間がいて、実際に身体が立ち上がる様子とか、照明が当たる様子とか、初めて観る人はよりびっくりすると思います。「あ。こんな感じなんだ」って。その反応がこっちも楽しみだし、観に来てくれる人も楽しみにしていてほしいです。
家にいながらオンラインで何か鑑賞したり、買い物したりとかがカジュアルにできる時代になったけど、でもそこに行かなきゃ観れないことを、大切にしてほしいなと密かに思っているんですよね。だから演劇を選んで表現している。
演劇ってものすごくアナログな世界で、映画やアニメみたいにシーンごとに登場人物の背景の景色が変わるわけではないので、「今、ここはどこなのか」を、もうちょっと抽象的に表現しなくちゃいけません。 特に僕の舞台は舞台美術というものがほぼなくて、素の舞台に近い。具体的に森のシーンで森が現れるわけではないから、観客もイメージしながら観劇していくしかないのだけど。でも、この作品に関しては立体的な絵本をつくっているような感覚があるんですよね。本をめくってイメージの中でストーリーを巡らせるっていうことも、子ども時代すごく大切だったし、あの感覚を空間に散りばめたいなあ、と思ってつくっています。実際に目の前ですべてがアナログに立ち上がっていく様子を、この作品では体感できると思います。


――最後にメッセージをお願いいたします。
やっぱり僕は現代演劇の作家だという自覚もあるのだけど、でも同時にやっぱり演劇ってエンターテインメントだなとも思っています。面白いものをつくっていると思っているから、映画と同じぐらいの料金・上演時間で観れるので、気軽に演劇って表現に足を踏み入れてほしいです。
劇場で待ってるので、夏休みの思い出としてぜひ来てほしいです!



PROFILE


マームとジプシー/MUM&GYPSY
藤田貴大が全作品の脚本と演出を務める演劇団体として2007年設立。2012年よりオリジナルの演劇作品と並行して、他ジャンルの作家との共作を発表。あらゆる形で作品を発表し、演劇界のみならず様々なジャンルの作家や観客より高い注目を受けている。


藤田貴大/Takahiro Fujita
マームとジプシー主宰・演劇作家
1985年4月生まれ。北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。07年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。作品を象徴するシーンを幾度も繰り返す“リフレイン”の手法で注目を集める。11年6月-8月にかけて発表した三連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。以降、様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、演劇経験を問わず様々な年代との創作にも意欲的に取り組む。13年、15年に太平洋戦争末期の沖縄戦に動員された少女たちに着想を得て創作された今日マチ子の漫画「cocoon」を舞台化。同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。演劇作品以外でもエッセイや小説、共作漫画の発表など活動は多岐に渡る。